枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

宮にはじめて参りたるころ⑧ ~物など仰せられて~

 お話なんかをなさって、「私のことを想ってくれるかしら?」ってお尋ねになったの。その返事に、「もちろんです」って申し上げるのに合わせて、台盤所のほうで誰かが大きなくしゃみをしたから、「あら、いやだ。嘘を言ったのね。もういいわ、いいんです」っておっしゃって、奥に入ってしまわれたの。どうして嘘なもんでしょう? 定子さまをお思い申し上げる気持ちは並大抵じゃないのに!! あきれたことだわ、くしゃみのほうが嘘だったのにって思うわ! それにしても誰がこんな憎ったらしいことしたんでしょう?? だいたい、くしゃみって不愉快なものって思ってるから、くしゃみが出そうな時だって、その都度押し殺すものなのに、ましてやあんな大きなの、憎ったらしいって思うけど、まだお仕えして間がないから、とにかく申し上げ返すこともできないで、夜が明けたから部屋に戻って。で、すぐ、浅緑色の薄様の紙でオシャレなお手紙を、使いの者が「これを」って持って来たの。

 開けて見たら、
「『いかにしていかに知らまし偽りを空にただすの神なかりせば』(どんな方法で、どう知るっていうの? 偽りを天空で糺(ただ)すっていう糺すの神がいらっしゃらないのなら―――どのようにすればあなたの心をわかるっていうの?)というご様子です」
って書いてあるから、すばらしいって思ったけど、悔しくて気持ちも乱れて、やっぱり昨夜くしゃみをした人はムカつくし憎みたくなっちゃうわ。

「うすさ濃さそれにもよらぬはなゆゑにうき身のほどを見るぞわびしき(薄い濃いとかとは関係ない『はな=鼻』のせいで こんなつらい目にあうのが苦しくてなりません) やはりこれだけはどうかよろしくお願いします。式の神も自然とご覧になってるでしょう。とても畏れ多いです」って、差し上げた後にも、よりによってあのタイミングで、何でくしゃみなんかしたのよ??って、すごく嘆かわしいわ。


----------訳者の戯言---------

台盤所(だいばんどころ)というのは、台盤を置いておく所だそうです。宮中の清涼殿内の一室で、女房の詰め所にもなっていたんだとか。台盤っていうのは、公家の調度の一つで、食器や食物をのせる台だそうで、つまり食卓、お膳みたいなやつです。

「鼻ひたる」という語が出てきました。徒然草の「第四十七段 ある人清水へ参りけるに」にも「やゝ、鼻ひたる時」という記述が見られました。「鼻ふ」で「くしゃみをする」ということのようです。

くしゃみをするのは、昔は良からぬ事が起こる前ぶれとか言われていたらしいですね。逆に良いこと、たとえば誰かに思われてるとか、恋人が来る前触れとか、そういう場合もあったみたいです。
くしゃみは、自分でコントロールできないので、何者かのせいで出る、と考えられたんでしょう。しかも、どっちかというと悪いこと、と考えるほうが多かったようです。

ウィキペディアによると、くしゃみは「一回ないし数回けいれん状の吸気を行った後に強い呼気をされること。不随意運動であり『自力で抑制』することはできない」と書かれています。「体温を上げるための生理現象と、鼻腔内の埃、異物を体外に排出するための噴出機能」の二つの機能があるとされています。
つまり、鼻から魂が抜けるとか、そういうものではないですが、風邪の前触れになることはありますから、悪いことが起きる前兆というのも全くのデタラメ、オカルトというわけではないのでしょう。万が一、新型コロナ陽性であったら、飛沫感染させてしまいますし、まさに凶兆になってしまいます。今はしっかりマスク着用で、飛沫を防止しなければいけません。

で、徒然草に戻りますが、くしゃみをした(鼻ひった)時に「くさめ、くさめ」とまじないを唱えたんですね。つまり、そのまじないの文言「くさめ」が、くしゃみの語源というわけなんですよ。

糺(ただす)の神というのは、京都の糺の森に鎮座する神で、下鴨神社やその摂社の河合神社などの祭神とされています。偽りを糺(ただ)す神とされたそうです。
糺の森下鴨神社に通じる広大な森で、周辺は今は高級住宅街なのだそうですね。

式の神。所謂、式神です。陰陽師の命令で、いろいろやってくれます。陰陽師のドラマとか映画でも出てきましたね。人心から起こる悪行や善行を見定め、変幻自在に不思議なわざをなします。擬人式神といって、紙で人形を作り、そこに陰陽師が霊力を込めるらしいです。で、それがリアルな人間の形になったりもします。野村萬斎の「陰陽師」では今井絵理子がやってました、式神。今は「一線は越えてません」国会議員ですが。

それにしても長い段でした。
最初はモジモジしてて、お近くにまみえることすらためらっていた清少納言、大納言伊周も素敵だし、その後に来た人もこの世の者とは思えないような風情だし。で、最後は定子さまと歌のやりとりをしましたわ。やっぱり素敵♡ だけど、それでも、んもう、くしゃみをした人!腹立つわーというお話です。
で、面白いかと言えば、それほどではありません。なるほどねー、やっぱそうですかー、ぐらいの感じです。

知らなかった(忘れていた?)んですが、この段は、高校の古文のテキストに採用されてることが多いみたいですね。けど、枕草子にももうちょい面白い話あると思いますよ。高校生の子たちに古典に興味持ってもらいたかったら、もっと面白い話をテキストにしたほうがいいと思うんですけどね私は。


【原文】

 物など仰せられて、「我をば思ふや」と問はせ給ふ。御いらへに、「いかがは」と啓するにあはせて、台盤所の方に、鼻をいと高くひたれば、「あな心憂。そら言を言ふなりけり。よし、よし」とて、奥へ入らせ給ひぬ。いかでか、そら言にはあらむ。よろしうだに思ひ聞こえさすべきことかは。あさましう、鼻こそはそら言しけれと思ふ。さても誰か、かく憎きわざはしつらむ。おほかた心づきなしとおぼゆれば、さるをりも、おしひしぎつつあるものを、まいていみじ、にくしと思へど、まだうひうひしければ、ともかくもえ啓しかへさで、明けぬれば、下りたる、すなはち、浅緑なる薄様に艶なる文を「これ」とて来たる。あけて見れば、

 「『いかにしていかに知らまし偽りを空にただすの神なかりせば』

となむ御けしきは」とあるに、めでたくも口惜しうも思ひ乱るるにも、なほ昨夜(よべ)の人ぞ、ねたくにくままほしき。

 「うすさ濃さそれにもよらぬはなゆゑにうき身のほどを見るぞわびしき

なほこればかり啓しなほさせ給へ。式の神もおぼづから。いとかしこし」とて、参らせて後にも、うたてをりしも、などてさはたありけむと、いと嘆かし。


検:宮に初めて参りたるころ

 

 

宮にはじめて参りたるころ⑦ ~ひとところだにあるに~

 大納言殿お一人でもこんななのに、また先払いをさせて、同じ直衣の人が参上なさって。この人はもう少し華やかな感じで、猿楽言(さるがうごと)なんかをおっしゃるの、女房たちは笑って、おもしろがってね。「私も、誰それが、こんなことをね」なんて殿上人のウワサ話なんかを申し上げられてるのを、やはり、変化の者、天上界の人なんかが地上に降りて来たのかな、って思ったんだけど、お仕えするのに慣れて、日にちが過ぎたら、そんなに大したことでもなかったのよね。こうやって見てる女房たちだって、みんな家から宮中に出仕しはじめた頃はそんな風に思ったんだろうかな?とか、わかっていくうちに、自然と私も慣れていったみたいなのね。


----------訳者の戯言---------

前駆(さき/ぜんぐ)というのは、③でも出てきましたが、先払い、先追いなどのことだそうです。貴人が道を通ったりする時に担当スタッフが声を上げて、道を空けるために人払いをしたそうで、そのことをこう言ったそうですね。

「同じ直衣の人」とあります。大納言・伊周は紫色でしたね。
古代より紫は最高の色だったらしいです。というのは、紫色が最も手に入りにくい色だったからなんだそうですね。
ま今で言うなら、ダイヤモンドであったり、プラチナであったり、エルメスバーキンだったり、といったところでしょう。服だったら、プレタではなく、ハイブランドオートクチュールです。

染色としての紫は、紫草(ムラサキ)の根によって染められましたが、大変な日にちや手間がかかったらしいです。
ちなみにムラサキは夏に白い花を咲かせます。花の色は紫色ではないんですね。
少し前、「野は」という段で、当時都の北部に紫野という野があり、希少な紫草が生えていたらしいと書きました。調べたところ、紫草(ムラサキ)は今、絶滅危惧種に指定されているそうです。江戸時代まではこれを使った染色もあったため、細々と栽培されていたらしいですが、合成染料の登場によって激減したらしいですね。仕方のないことでしょうか。

ともかく、紫というのは、高貴さ、気品、優雅さ、なまめかしさetc.憧れの色として平安時代の王朝貴族たちにとっては特別な色だったということです。で、それを大納言は着て来たんですが、もう一人の人もおんなじ服でしたと。
「かぶってるかぶってる!」とは思わなかったんですかね。私はイヤですけどね、人とおんなじ色とか被ったら。

猿楽言(さるがうごと)。冗談を言うことを、当時はこう言いました。前も書きましたが、伊周と定子の父、関白・藤原道隆がよく言ってましたね(『淑景舎、東宮に参り給ふほどのことなど⑥ ~あなたにも御膳まゐる~』等)。どうせしょうもないオヤジギャグみたいなもんでしょうけど、関白ですから、笑わなしゃーないですしね。本人、ウケたと思って、また性懲りもなく言いますから、悪循環になるケースです。上司のおじさんと同じパターンですよ。

ということで、どうも「同じ直衣の人」を=関白(藤原道隆)と解釈する訳者もいるようです。私はそうは思いませんが、もしかするとそうなのかもしれません。たしかにそれぐらいのチャラさを持ったキャラではあったようには思いますが。笑いのセンスは、寒過ぎますからね、道隆。ま、真実は清少納言のみぞ知るです。

変化(へんげ)の者というのは、神仏などが、仮に人の姿となって現れることを言います。化身とか。変化(へんげ)というと、どちらかというと物の怪、妖(あやかし)を思い浮かべますし、そういう意味で言うこともあるようですが、当時はどっちかというと、神仏の化身の意味ほうがポピュラーだったようです。

天人(てんにん/あまびと)、つまり天上界の人です。道徳的に前世によい生活をおくった者とされるらしい。さて私は天上に行けるのか? 微妙~。

というわけで、もう一人、なんか高貴な感じの人が来ました。紫色の直衣。しかも、派手めで、冗談とか言う男。伊周さまよりさらにチャラい系です。それを清少納言はまるで、殿上の人か神仏の化身かと見惚れます。なんという誤解。

それ見たことか、しばらくして宮仕えに慣れてくると、「そんな大したことでもなかったわー」って。
いよいよこの段も次回⑧で終わります。さて、どんなオチがあるのでしょうか


【原文】

 ひとところだにあるに、また前駆うち追はせて、同じ直衣の人参り給ひて、これは今少しはなやぎ、猿楽(さるがう)言などし給ふを、笑ひ興じ、「我も、なにがしが、とあること」など、殿上人のうへなど申し給ふを聞くは、なほ変化の者、天人などの下り来たるにやとおぼえしを、候ひ慣れ、日ごろ過ぐれば、いとさしもあらぬわざにこそはありけれ。かく見る人々も、みな家の内裏出でそめけむほどは、さこそはおぼえけめなど、観じもてゆくに、おのづから面慣れぬべし。

 

検:宮に初めて参りたるころ

 

枕草子 (岩波文庫)

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  • 作者:清少納言
  • 発売日: 1962/10/16
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宮にはじめて参りたるころ⑥ ~久しくゐ給へるを~

 伊周さまが長時間いらっしゃるのを見て、それって思いやりがないことで、私が苦痛に思ってるだろうっておわかりになったんでしょうね、定子さまが「これをご覧になって! これは誰が書いたものかしら?」っておっしゃたんだけど、「いただいて拝見しましょうか」って申し上げられたもんだから、「やはり、ここへ来て」とおっしゃるの。「私を捕まえて立たせないんです」って言われるんだけど、すごくイマドキっぽくて、私の身の程には合わないから、恥ずかしいわ。定子さま、誰かが草仮名を書いた本なんかを取り出してご覧になってて。で、伊周さま、「誰が書いたものかな? 彼女にお見せになってよ。あの人なら、今の世にいる人の筆跡は全部わかってるでしょうからね」なんて。どうしても私に答えさせようって、おかしなことばっかり、おっしゃるのよ。


----------訳者の戯言---------

ワタクシ的に、この部分のポイントは「人をとらへて立て侍らぬなり」だと思うんですが、これがイマドキっぽい言い方で、ついてけないわ、という感じに見える清少納言。しかも彼女は容姿コンプレックスもありましたから、身分も低いし、こんなオバサン、しかも私全然イケてないし、恥ずいわーと思ったようですね。すぐ前の記事で書いた若者言葉的というか。なおさらギャップを感じたのかもしれません。

「ゲトされちゃって、立つみー、ありよりのなしー」的な。まあ、そこまでではないと思いますが、「彼女に捕まっちゃってさ、立ち上がれないんですよー」ぐらいのチャラさです。男が女子を捕まえて離さないならいざ知らず、女子のほうが男子を捕まえるって言い草、悪い冗談!って感じでもありますね。新人のお姉さんをからかってる風にも感じますよ。
いくら良家の出で美男子で社会的地位が高くても二十歳の男子がこんなこと言うとムカつきますけどね、普通は。

草仮名。草書で書かれた万葉仮名。万葉仮名はご存じのとおり、仮名とは言うものの漢字です。一般には、意味でなく音だけを表したものですね。ここではこれの草書体で書いたもの、です。さらにこれをくずしにくずしてシンプルにしまくった結果できたのが平仮名(ひらがな)だそうですよ。

定子は、なんとかフォローしようと、清少納言の得意分野の「書」を取り出して見せるんですね。しかしこれに伊周が乗っかって、またチャラいこと言ってます。ほんとどうしようもないお坊ちゃまなんですが、清少納言はもうポワーンとなってます。一応才女と言われるような人なんですから、いくら駆け出し女房といっても、もうちょっとしっかりしていてもいいと思いますが。
⑦に続きます。


【原文】

 久しくゐ給へるを、心なう、苦しと思ひたらむと心得させ給へるにや、「これ見給へ。これは誰が手ぞ」と聞こえさせ給ふを、「たまはりて見侍らむ」と申し給ふを、「なほ、ここへ」とのたまはす。「人をとらへて立て侍らぬなり」とのたまふも、いと今めかしく、身のほどにあはず、かたはらいたし。人の草仮名書きたる草子など、取り出でて御覧ず。「たれがにかあらむ。かれに見せさせ給へ。それぞ世にある人の手はみな見知りて侍らむ」など、ただいらへさせむと、あやしきことどもをのたまふ。

 

検:宮に初めて参りたるころ

 

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宮にはじめて参りたるころ⑤ ~御帳の後ろなるは~

 「御几帳の後ろにいるのは誰なの?」って、大納言さま、お尋ねになったみたいで。興味をそそられるようなことを言われたに違いないわね、立ってらっしゃるから他に行くの行くのかしら?って思ってたら、すごく近いところにお座りになって、話しかけてこられるの。まだ定子さまにお仕えしてなかった頃から聞いていらっしゃったお話なんかについて、「ほんとに? そうだったの!?」なんておっしゃるから、御几帳越しに遠くから拝見してるのでさえ恥ずかしかったのに、すごくあきれちゃうくらい、向かい合ってお話しする気持ちっていったらとても現実のこととは思えなかったわ。
 行幸(ぎょうこう)なんかを見る時、あの方がこちらの車の方をちょっとでもご覧になったら、車の下簾を引いてふさいで、影が透けて見えたりもしないかなって扇で隠すほどだったのにね、やっぱりホント自分の本意ではあるけど、でも身分不相応だから、どうして宮仕えになんか出てきちゃったんだろ?って汗がしたたり落ちて、ハンパないから、いったい何をどうやってお答え申し上げたらいいんでしょ? お答えできるわけないわよね!

 頼りになる存在!と思ってかざしてた扇までお取り上げなさったから、振りかけて隠す髪の感じだってみっともなく思えて、すべてこういう私の様子が見透かされちゃう?? 早くお立ち去りいただきたいわ、って思うんだけど、扇を手でもてあそびながら、「この絵は誰が描かせたの?」なんておっしゃって、すぐにお返し下さらないから、袖を顔に押し当ててうつむいてたんだけど、裳と唐衣にお化粧の白いのが付いちゃって、顔、まだらになってるんじゃないかしら?


----------訳者の戯言---------

さかす。漢字では「栄す」「盛す」と書くらしい言葉です。となると、文字どおり「栄えさせる」「盛んにさせる」という感じでしょうか。何かをプッシュするんでしょう、近年、背中を押される、とか言うのもこれですね、たぶん。
では、何を盛んにさせるのだろうか? と、普通に考えたところ、ここでは気持ち、興味、なのだと思いました。この言葉もその都度目的語が変わるのだと思います。古語の難しいところです。

行幸というのは天皇が外出することです。これを見物するのも一種のレジャーだったのでしょうね。たしかに、今も天皇皇后両陛下がお通りになる時、国民が沿道でお迎えしたりします。あんな感じですか。ちょっと違いますか。
で、大納言・伊周が帝に随行してる時があったんでしょう。遠くから行列を見る一般ピープルであった頃のことを思い出して、その本人が目の前に来てる!どうしましょ??っていう感じです、清少納言

ちなみに下簾(したすだれ)というのは、牛車の前後の窓に掛けた簾のさらに内側に掛けた布。女性や貴人が乗る場合に、内部が見えないようにしたというカーテン的なものです。

「汗あえて」という言葉が出てきました。これ、「汗+あゆ」という動詞的表現なんですね。「あゆ」という動詞が「したたり落ちる」「したたり流れる」の意味になります。
古文の授業のようになりますが、品詞分解すると、汗(名詞)+あえ(あゆの連用形)+て(接続助詞)ということです。

いみじ。「はなはだしい、並じゃない」ことを言うんですが、これ、「すばらしい」時にも使うし、「恐ろしい」的な時にも使います。今の「ヤバい」とかに近いですね。
ちなみに、「ヤバい」は元は「厄場(やば)い」だったそうです。「厄場」というのは江戸時代の頃には牢屋のことをこう言ってたらしいんですね。で、盗人とかの犯罪者が、牢屋に入らなければならないようなことを、隠語として「厄場い」という形容詞で表したのが起源のようです。出川はしょっちゅう言ってますが。江戸時代はまじ実刑になるかもしれない犯罪スレスレの状況を表したんですね。ま、たしかにスカイダイビングやバンジーもヤバいですけどね。命かかってますから。

いや、そういうことを語ろうと思ったのではなく、「ヤバい」も「いみじ」と同様に、本当に「キケン」「コワイ」だけでなく「美味すぎる」「かっこよすぎる」「可愛すぎる」等々、何でも表せるということです。
ここで出てきた「いみじき」も「ヤバい」「ヤベー」と現代語訳してもいいくらいなんですが、私は「ハンパない」という感じに近いかなと思いました。もっと言うと「パネェ」ですね。浜田ブリトニーかよ。

裳(も)というのは、表着の上で腰に巻くもので、後ろに裾を長く引くらしい。唐衣(からぎぬ)は十二単の一番上に着る丈の短い上着です。どちらも、衣装な中でもいちばん表に見える部分に着るやつですね。これに顔の白粉(おしろい)付いちゃったわ、と。

清少納言、伊周に直で話しかけられて、焦ってますの巻。
しかし大納言とは言えまだ20歳のお兄ちゃんですよ。対して新人とはいえ27歳のオトナ女子であるはずの清少納言、ちょっとキョドりすぎ。パニクってます。まるでキンプリに遭った女子のようです、「モニタリング」とかで。
もちろんこの後、キャリアを積んで堂々としていく清少納言ですが。

さて、「キョドる」「パニクる」という語を出してしまったので、近年生まれたカタカナ動詞について少し。

比較的新しい動詞には「サボる」「パクる」などがありますが、それでももはや古いというか、定着した感があります。その次あたりに来たのが「パニクる」「キョドる」「コクる」「キモい」あたりだろうと思います。しかしこの辺ももう安定ですね。

で、私見ですが、所謂若者言葉とか言われている語の中でも「ググる」「ハブる」「ディスる」あたりは、今後おそらくかなり一般化していくだろうと思います。
形容詞で注目するのは「エモい」です。これは「ヤバい」とか、先ほど出てきた古語の「いみじ」にも似た印象がありますね。良い意味にも悪い意味にも使うという点では。ただ、こういう語を頻繁に使い出すと、文脈から読み取る受け手側の感性が問われます。受け取る方が混乱することもありますね。センスのない使い手が無闇に使って受け手もピンと来ないと、感情表現が乏しくなるデメリットはあるでしょう。

話がそれましたが、大納言伊周とのコミュニケーションに焦りまくる清少納言
⑥に続きます。


【原文】

 「御帳の後ろなるは、たれぞ」と問ひ給ふなるべし、さかすにこそはあらめ、立ちておはするを、なほほかへにやと思ふに、いと近うゐ給ひて、ものなどのたまふ。まだ参らざりしより聞きおき給ひけることなど、「まことにや、さありし」などのたまふに、御几帳隔てて、よそに見やりて参りつるだにはづかしかりつるに、いとあさましう、さし向かひ聞こえたる心地、うつつともおぼえず。行幸など見るをり、車の方にいささかも見おこせ給へば、下簾引きふたぎて、透影もやと扇をさしかくすに、なほいとわが心ながらもおほけなく、いかで立ち出でしにかと、汗あえていみじきには、何事をかは、いらへも聞こえむ。

 かしこき陰とささげたる扇をさへ取り給へるに、振りかくべき髪のおぼえさへあやしからむと思ふに、すべて、さるけしきもこそは見ゆらめ。とく立ち給はなむと思へど、扇を手まさぐりにして、「絵のこと、誰がかかせたるぞ」などのたまひて、とみにもたまはねば、袖をおしあててうつぶしゐたる、裳、唐衣に白いものうつりて、まだらならむかし。

 

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宮にはじめて参りたるころ④ ~大納言殿の参り給へるなりけり~

 (関白殿ではなく)大納言(藤原伊周)殿が参上なさったの。直衣、指貫の紫の色が、雪に映えてすごく素敵なのよ。柱のたもとにお座りになって、大納言殿、「昨日今日と物忌みだったんですが、雪がひどく降りましたから、気になりましてね」と申し上げなさったの。「『道もない』って思ってましたのに…どうして??」ってお答えになるのよ。するとお笑いになって、「『ステキだわ』とでもご覧いただけるかな?って」なんておっしゃるご様子なんかも、これ以上にどんなことが勝るかしら? こんな素晴らしいことなんてないでしょ! ドラマで、すらすらっと口から自然に出るままにセリフをしゃべってるのと違わないわ♡♡って思えるのよね♡♡♡

 定子さまは白いお着物を重ね着して、紅の唐綾をその上にお召しになってるの。御髪(みぐし)がかかっていらっしゃるのなんかは、絵に描いたのはこういうの見たことがあるけど、現実には未経験だから、夢みたいな心地がするわ。大納言殿は女房とお話しをなさって、冗談なんかを言われてるの。女房がお答えを全然恥ずかしいとも思わないでお返し申し上げて、また彼があり得ないことなんかをおっしゃるのに、女房が反論とかしてるのを聞くと、見るに堪えないくらいだわってあきれて、なんだかわけもなく、赤面しちゃうわ。果物をお召し上がりになったりして、場を盛り上げて、定子さまにもおすすめになるの。


----------訳者の戯言---------

果たして、姿をあらわしたのは。関白で定子の父である藤原道隆ではなく、その息子で定子から見ると兄、大納言の伊周でした。
原文でも、また訳文をお読みいただいてもおわかりかと思いますが、中宮=皇后は絶対敬語を使う対象ですから、例え兄であっても自分に対しては謙譲語、それを描写する清少納言も謙譲&尊敬語を使い分けているのがわかります。

直衣(なほし/のうし)っていうのは、おなじみですが、当時の男性のカジュアルウェア。トップスのほうです。
指貫(さしぬき)。袴みたいなボトムスですね。ルーズフィットで裾を絞れるようにドローコード付きになっています。

唐綾(からあや)というのは、中国から伝来した綾織物のことを言うそうです。日本でその織り方で日本で織ったものも唐綾と言いました。

「目もあやなり」というのは、一般には「まばゆいほど(に立派)だ」という意味だそうです。と、「見るにたえない」という意味もあります。目もあてられない、というやつですね。ここでは、後者の意味のようですね。

「あさまし」は現代語の「あさましい」の元になる語です。「あきれちゃう、情けなくって、びっくりするわ!」という感じの言葉です。

「あいなし」というのは、がっかりで、引いちゃう、冷めちゃう、つまらないとか不似合いだという意味もありました。ただ、ここで出てきたように、連用形「あいなく」「あいなう」と使うと、「わけもなく」という意味合いの場合が多かったようです。

やって来た藤原伊周大納言。大納言というから、どんなおじさん?と思われるかもしれませんが、伊周は18歳ぐらいで権大納言になって20歳前後で内大臣に昇格していますから、ハッキリ言ってまだまだチャラい二十歳のお兄ちゃんです。ボンボンですし。それが妹のとこに遊びに来たんですね。

伊周と定子の会話の様子、「現実なのにドラマのセリフを言い合ってるみたい~」とでも言いたい感じで書いてます、清少納言。定子さまのルックスに至っては、絵に描いたみたいとか、夢みたいとか。27にもなって本気か??

「御いらへを、いささかはづかしとも思ひたらず聞こえ返し」のところは、「お答えを全然恥ずかしいとも思わないで、お返し申し上げて」と私は訳しましたが、もう少し噛み砕いて言うと、しょうもない冗談を言った(ボケた?)大納言・伊周に女房が「恥ずかし気もなく、ツッコミを入れた」というイメージだと思います。
前、この人の父(関白=藤原道隆)がやたらとジョークを言う段「淑景舎、東宮に参り給ふほどのことなど⑥ ~あなたにも御膳まゐる~」「淑景舎、東宮に参り給ふほどのことなど⑨ ~日の入るほどに~」もありましたが、ちょっと寒いですこの親子。そういう家系なんでしょうか。

というわけで、伊周にツッコんだり、イジったり遠慮のない女房たちに、まだ新入りの清少納言は、びっくりしたり困ったりしている感じですね。

しかし清少納言、この兄妹褒め過ぎ。
⑤に続きます。


【原文】

 大納言殿の参り給へるなりけり。御直衣、指貫の紫の色、雪に映えていみじうをかし。柱もとにゐ給ひて、「昨日、今日物忌みに侍りつれど、雪のいたく降り侍りつれば、おぼつかなさになむ」と申し給ふ。「『道もなし』と思ひつるに、いかで」とぞ御いらへある。うち笑ひ給ひて、「『あはれと』もや御覧ずる[と]とて」などのたまふ御ありさまども、これより何事かはまさらむ。物語にいみじう口にまかせて言ひたるにたがはざめりとおぼゆ。

 宮は、白き御衣どもに、紅の唐綾をぞ上に奉りたる。御髪(みぐし)のかからせ給へるなど、絵にかきたるをこそ、かかることは見しに、うつつにはまだ知らぬを、夢の心地ぞする。女房ともの言ひ、たはぶれ言などし給ふ。御いらへを、いささかはづかしとも思ひたらず聞こえ返し、そら言などのたまふは、あらがひ論じなど聞こゆるは、目もあやに、あさましきまで、あいなう、面(おもて)ぞ赤むや。御菓子(くだもの)参りなど、とりはやして、御前にも参らせ給ふ。

 

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宮にはじめて参りたるころ③ ~昼つ方、今日は~

 お昼頃になって、「今日は、やっぱり来て。雪で曇ってるから、ハッキリとは見えないでしょうしね」とかって、何度もお呼び出しになるもんだから、私の局の主(あるじ)も、「見苦しいわよ。どうしてそんなに引き籠ってるの?? どうしようもないくらいすんなりと、定子さまの御前に参上するのを許されてるのは、そんな風に中宮さまがお思いになったのでしょうからね! その思いに逆らうのは憎ったらしいことですよ!」って、やたら急がせて、定子さまの元に伺わせようとするから、私も心ここにあらずになっちゃったけど、でも参上するのはすごくツライの。

 火焼屋(ひたきや)の屋根に雪が降り積もってるのも、珍しくておもしろいわ。定子さまの近くには、いつもの炭櫃に火をたくさん熾(おこ)して、それには敢えて誰も座らないの。上臈女房が身の回りのお世話をするために参上なさったままで、近くにお座りになったわ。沈香木の火桶に梨の絵が描かれてる、それの側に座っていらっしゃるのよね。隣の部屋で、長火鉢に隙間なく座ってる女房たちが唐衣を垂れ下がるみたいに着てたりなんかして、慣れてる感じでリラックスしてるのを見ると、すごくうらやましいわ。お手紙を取り次ぎ、立ったり座ったり、すれ違う様子とかが、遠慮してる風でもなくって、おしゃべりをしたり笑ったりするの。いつの日か、ああやって仲間に入ることができたらなぁ、って思うことさえ気が引けてしまって。奥の方に行って、3、4人集まって、絵とかを見てる人もいるようなのね。

 しばらく経って、先払いの大きな声がするので、「殿(関白=藤原道隆)がお越しになるんだわ」って、みんなが散らかってる物を片づけたりなんかするもんだから、なんとかして部屋に下がろう…って思うんだけど、思いどおりに体を動かせなくって、少しだけ奥の方に引っ込んで。でも見たいのかな? 御几帳の隙間から、チラッと覗き込んだの。


----------訳者の戯言---------

「なほ」という語。よく出てきます。急にちょっと詳しく述べたくなったのですが、「やはり」「やっぱり」という意味で使われることが多いですね。そもそもは「相変わらず」「依然として」という意味。「前とおんなじように」とも同じでしょう。
漢字は「猶」で、これは、「前と同じ状態がそのまま続いている」という意味があります。「ためらう」「ぐずぐずする」という意味もあるそうですが、よくよく意味を考えると元は同じところから来ていることがわかります。

局の主(あるじ)。奇跡的に、まさに、今もその通り同じ意味で通じます。お局さま、部署の主(ぬし)ですね。イメージのままです。大先輩の言うことです。これは逆らえないでしょう。

火焼屋(ひたきや)というのは、宮中で、庭火やかがり火をたいて夜を守る衛士 (えじ) の詰めていた小屋のことだそうです。

上臈(じょうろう)というのは、上臈女房の略で、御匣殿 (みくしげどの) 、尚侍 (ないしのかみ) 、二位、三位の典侍 (すけ) などの上席の女官を指して言いました。

沈(じん)の御火桶。
沈というのは沈香の略だそうです。
ジンチョウゲ科の樹高の高い常緑樹の樹皮が菌に感染したり傷がつくと、それを治すために自らが樹液を出すそうですね。この樹液が固まって樹脂となり、長い時間をかけて胞子やバクテリアによって樹脂の成分が変質して、特有の香りを放つようになるそうです。その固まったのを沈香(じんこう)と言うんですね。沈香という名前は「沈水香木」の略でして、つまり普通の木よりも比重が重いので「水に沈む」ということから、こう呼ぶようになったらしいですね。この沈香というのは、そのままでは香らないらしいです。熱したら芳香がするらしい。
で、この木で作った火桶があったんですね。あったとしたら、こんなの、めちゃくちゃ高級品でしょ。細かくしたのをお香にするような木ですからね、さすが、中宮です。

引き続き、定子さまの元に伺うのをためらっている清少納言。先輩たちがリラックスしている様子がうらやましい、早くあんな風になりたいと。そんな時、中宮定子の父で、関白の藤原道隆が登場? で、その場に緊張感が走ります。興味津々ではあるんですが。
というシーン。この後まだまだ長いです。④に続きます。


【原文】

 昼つ方、「今日は、なほ参れ。雪に曇りてあらはにもあるまじ」など、度々召せば、この局の主(あるじ)も、「見苦し。さのみやは籠りたらむとする。あへなきまで御前許されたるは、さおぼしめすやうこそあらめ。思ふにたがふはにくきものぞ」と、ただ急がしに出だしたつれば、我(あれ)にもあらぬ心地すれど参るぞ、いと苦しき。火焼屋(ひたきや)の上に降り積みたるも、めづらしうをかし。御前近くは、例の炭櫃の火こちたくおこして、それにはわざと人もゐず。上臈御まかなひに候ひ給ひけるままに、近うゐ給へり。沈の御火桶の梨絵したるにおはします。次の間に長炭櫃に隙なくゐたる人々、唐衣こき垂れたるほどなど、馴れやすらかなるを見るも、いとうらやまし。御文取りつぎ、立ち居、行き違ふさまなどの、つつましげならず、物言ひ、ゑ笑ふ。いつの世にか、さやうにまじらひならむと思ふさへぞつつましき。奥寄りて三四人さしつどひて絵など見るもあめり。

 しばしありて、前駆(さき)高う追ふ声すれば、「殿参らせ給ふなり」とて、散りたる物ども取りやりなどするに、いかでおりなむと思へど、さらにえふとも身じろかねば、今少し奥に引き入りて、さすがにゆかしきなめり、御几帳の綻びよりはつかに見入れたり。

 

検:宮に初めて参りたるころ

 

 

 

 

宮にはじめて参りたるころ② ~暁にはとく下りなむと~

 夜明け前には、自分の部屋に下がりたいって気が焦ったわ。「葛城の神でも、もうちょっと…」なんておっしゃるから、何とかして斜めからもご覧になれないようにって、やっぱり顔を伏せたままでいたら、御格子もお上げなさらないの。女性スタッフたちたちが参上して、「これを開放してください」なんて言うのを聞いて女房が開けるんだけど、定子さまが「だめ」っておっしゃるもんだから、彼女たちは笑って帰ってしまったのね。

 色々お尋ねになったり、お話しされたりしてたら、かなりの時間経ってしまったから、「お部屋に戻りたくなったでしょ? だったら早くね。また夜になったら早く来て!」っておっしゃって。
 私が膝をすって退出しその場からいなくなって、すぐに女房が格子窓を上げたら、雪が降ってたの。登華殿の前は立蔀(たてじとみ)が近くって狭くて。そして雪はとても素敵なのです。


----------訳者の戯言---------

「葛城の神」については、「宰相の中将②」の「訳者の戯言」をぜひご覧ください。かなり詳しく書いています。
簡単に説明しますと、葛城山に住む神が、役(えん)の行者という人から、橋を作るように言われたんですが、醜い姿だったことを恥じて、夜だけは働いたけど昼間は姿を現さなかったそうです。そのため、工事がなかなか進まなくて橋が完成しなかったという伝説があったらしいですね。
それで、早朝、明るくなる前に退散する時には、「『葛城の神』ってことで、帰ります~」的なことを言ったのだと思われます。気が利いてる風ですが、ちょっと親父ギャグっぽい感じもします。

が、やはり共通認識の問題なのだと思いますね。元ネタを知っている者同士が面白がれる、教養というか、文化というか、そういうものがあるかどうかだとは思います。

これに似たようなことについては、つい最近、ワイドナショーで話題になってました。
見ていなかった方のために簡単に紹介しますと、まず、EXITの兼近がツイッターで「わら半紙知らない時代がきてるぞー!面白いと思って言ったそのワードー!そもそも知らないパターン多いぞー!」とツイートしたことにはじまるんですが、それどころか、EXIT兼近的には、ドラゴンボールやプロレスで例えられてもわからない、笑えないって言うんですね。「あつ森」入れたり「鬼滅の刃」ネタ使ったりのほうが若い子たちは面白いと。もちろん、その分上の人たちは離れていくと思う、とも語りました。

で、松本がワイドナ高校生に「わら半紙」知ってるか聞いたら、「何にも知らないです、見たこともない」と。それ聞いた松本が「何も知らない、知られちゃいけーないー、みたいに言うなー」って。で、「デビルマンも知らんよな」と。これに兼近が、「デビルマンって何すか、やめてください自然にデビルマンって!」と言ってました。

というわけで、これ、ターゲットの細分化ですよね。マーケティングとかで言われるセグメンテーションというやつです。で、その重要な要素が文化、共通認識ということになるのだと思います。
幸い私は「わら半紙」も「鬼滅」も「プロレス」も「デビルマン」もわかります。ギリギリで。しかも浅ーい知識ですけどね。それでも、「葛城の神」は最近まで知りませんでした。1000年のジェネレーションギャップはきついです。EXITの兼近どころではありません。

原文で「ゐざり」という語が出てきます。動詞「ゐざる」というのは「居ざる」「膝行る」などと書くらしいです。おわかりですね、「膝をついて、座ったまま移動する」ことを言います。

立蔀(たてじとみ)は衝立のこと。これを巡らしてたから、登花殿の御前(庭?)は狭くなってたんでしょうか。

緊張してしまって、定子さまの近くにいられない感じの清少納言、自らの初々しかった頃を思い出して書いてます。さて、どうなりますか。
この段、まだまだ先が長いです。
③へ。


【原文】

 暁にはとく下りなむといそがるる。「葛城の神もしばし」など仰せらるるを、いかでかは筋かひ御覧ぜられむとて、なほ伏したれば、御格子も参らず。女官ども参りて、「これ、放たせ給へ」など言ふを聞きて、女房の放つを、「まな」と仰せらるれば、笑ひて帰りぬ。

 ものなど問はせ給ひ、のたまはするに、久<し>うなりぬれば、「下りまほしうなりにたらむ。さらば、はや。夜さりは、とく」と仰せらる。

 ゐざり隠るるや遅きと、あけ散らしたるに、雪降りにけり。登華殿の御前は、立蔀近くてせばし。雪いとをかし。

 

検:宮に初めて参りたるころ