枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

むつかしげなるもの

 むさくるしいもの。刺繍の裏。ネズミの毛もまだ生えていない子を巣の中から転がし出したの。裏地をまだつけてない毛皮の衣の縫い目。猫の耳の中。特にきれいなじゃない場所が暗いのもね。

 特に大したことのない人が、子どもがたくさんいて、お世話してるの。そんなに深い愛情もない妻が、身体の具合が悪くて、長い間病気で苦しんでるのも、男の気持ちからすると煩わしいでしょうね。


----------訳者の戯言---------

むつかしげなる、という語は、「むさ苦しい」「感じがよくない」という意味になります。現代語とは微妙に違いますでしょうか。

裘(かはぎぬ)というのは、防寒用の毛皮の衣服のことだそうです。そのまんま。

「心地あし」は、後には不快感を表すこともあったようですが、当時は「気分がすぐれない、からだのぐあいが悪い」という意味の方が主であったようですね。

むさくるしいものを列挙した段です。
ただ、ここに出てきたものを検証していると、よくわからない感じはありますね。
刺繍の裏とか毛皮の縫い目とかというのは、まあわかるとしても、ネズミの赤ちゃんとか、猫の耳の中とか、まあまあ可愛いですからね。ま、猫の耳の中はもしゃもしゃですしね、どっちともいえるかもしれませんが。
きれいではない所。これは暗くても明るくてもむさくるしいですしね。むしろ、明るいほうがむさくるしさは増します。

子だくさん、というのはまあ、むさくるしいと言えば、むさくるしいですかね。ビッグダディですね。美奈子ですか。ファンの方がいたらすみません。

妻が長い間病気、しかも深くも愛してない、って、しかもそれを煩わしい、って、ちょっと人としてどうよと思いますけどね。
そりゃ、人間ですからね、いろいろなメンタリティや事情もあると思います。けど、それならもうちょっと早く離婚すればいいのに。と思うのは私だけでしょうか。上野千鶴子や田島陽子はどう言うかな。


【原文】

 むつかしげなるもの ぬひ物の裏。鼠の子の毛もまだ生ひぬを、巣の中よりまろばし出でたる。裏まだつけぬ裘(かはぎぬ)の縫ひ目。猫の耳の中。ことに清げならぬ所の暗き。

 ことなることなき人の、子などあまた持てあつかひたる。いとふかうしも心ざしなき妻(め)の、心地あしうして久しうなやみたるも、男の心地はむつかしかるべし。

見るにことなることなきものの

 見ると特に何ともないんだけど、文字を書いたら大げさなもの。
 覆盆子(いちご)。鴨跖草(つゆくさ)。芡(みずふぶき)。蜘蛛。胡桃。文章博士(もんじょうはかせ)。得業の生(とくごうのしょう)。皇太后宮権の大夫(だいふ)。楊梅(やまもも)。

 虎杖(いたどり)は、まして虎の杖と書くんだとか。虎は杖なんかなくても大丈夫って顔つきをしてるのにね。


----------訳者の戯言---------

原文にある「ことごとし」ですが、「事事し」と書くそうです。「大げさな、仰々しい」っていうことです。

覆盆子(いちご/ふくぼんし)というのは、「バラ科の落葉低木『とっくりいちご(徳利苺)』の慣用漢名。正しくは中国産の近似種の名。ふつうには、いちごをいう」のだそうです。「とっくりいちご(徳利苺)」は、「バラ科の落葉低木。朝鮮・中国原産。キイチゴの類で、庭木ともされる。全体に太いとげがある。葉は互生し、羽状複葉。六月頃、白色の小花を散房花序につける。果実は球形で赤く熟し、食べられる」とも解説されています。画像も見ましたが、ラズベリー的な感じですね。もっと簡単に言うと木苺です。
ま、イチゴですから、この字はないやろ、ってことでしょう。

鴨跖草(つゆくさ)です。普通は露草ですが、こう書いたらしい。漢名でしょうか。「おうせきそう」とも読むらしいですね。跖というのは足の裏のことを言うそうですから、鴨の足の裏の草?という意味でしょうかね。
ツユクサは月草とも呼ばれます、古代、月草と呼ばれることも多かったようですね。別名、蛍草とも言うらしいです。なかなか情趣のある花には違いありません。
万葉集では月草(つきくさ)を鴨頭草(つきくさ)と書いているものが多かったです。足の裏ではなく頭ですか。真逆じゃんと思いました。これ、かものかしらぐさ、おうとうそう、とも読みます。もうこうなるとワケがわかりません。どうにでもして!という感じです。

芡(みずふぶき)は「恐ろしげなるもの」に「水ふふき=水蕗(みずふぶき)」と出てきたものと同じです。別名オニバスで、「恐ろしげ」というぐらいですから、見て、何てことないはずは絶対ないんですけどね。で、文字で書いて「芡」だと、逆でしょ? え?この一字ですか? 地味だろ。

蜘蛛。「くも」そのまんまです。全然驚きません。
胡桃。「くるみ」これも。

文章博士(もんじょうはかせ)というのは大学寮という、当時の官僚の教育機関で、歴史や漢文学を教えた教授的な人です。なんか、すごい文章の大家(たいか)、プロフェッサーというイメージですが、実体はそうでもなかったんでしょうか。当時の博士は世襲だったようですからね、清少納言的には、「大したことないけど、名前は立派よねー」みたいに思ったんでしょうか。
けど、それ書いて大丈夫?

得業の生(とくごうのしょう)というのは、令制下の学制で、明経・紀伝(文章)・明法・算各道の学生の中から選抜された成績優秀なごく少数の者に与えられた身分だそうです。これも、清少納言はどうってことないのに名前だけはスゲーよ、と感じたわけですか。
これも書いていいのか?

太后宮権の大夫。
太后宮(こうたいごうぐう/こうたいこうぐう/おおきさきのみや)というのは、文字通り皇太后の宮殿です。皇太后そのものを言う場合もあるようですし、その宮を司る機関のことでもあるのでしょう。大夫というと長官職ですから、まあ、お偉いさんです。権の大夫(ごんのだいぶ)にしても、同じ扱いですから、軽んじられるようなものではないような気はしますがね。たしかに「皇太后宮権の大夫」となると文字数が多いので大げさな感じはします、それだけでも。アメフトで「インターセプトリターンタッチダウン」というプレーがあったんですが、それくらい大げさです。実況のアナウンサーが噛みそうで。全然違いますか。

楊桃と原文に書かれていたので、google先生に聞いてみますと、スターフルーツのことだと出てきます。台湾とかではポピュラーな、断面が星形になるやつですね。和名は「五斂子(ごれんし)」と言うそうです。ですが、三巻本では「やまもも」と仮名が示されていますから、やまもも=山桃なのでしょうか?ということで、ウィキペディアをよく見てみると、漢名は楊梅(ようばい)とのこと。
で、能因本と堺本を確認すると、いずれも「楊梅(やまもも)」とありました。三巻本が誤記だったわけですね。こういうの、やめてほしいですね。

虎杖(いたどり)は、タデ科多年草。山野に自生。高さ約1.5メートル。葉は卵状楕円形。晩夏、白色の小花多数を穂状につける。春出る若芽は酸味があって食用となる。云々と、大辞林にありました。

さて、この段。

こけおどし、という言葉がありますが、それですね。
コケといっても、苔ではありません。仏教で「虚仮」と書いて「外面と内面が違うこと」を意味するんだそうです。で、それをもってして威嚇する、と。虎の威を借る狐的な。
で、ほとんどは植物の漢名なんですが、人に関するものについては、ちょっと軽んじてる気もしますね。先にも書きましたが、「名前だけは立派だけど、大したことねーよ」とする清少納言の気分がよく感じられた段でした。


【原文】

 見るにことなることなきものの文字に書きてことごとしきもの 覆盆子(いちご)。鴨跖草(つゆくさ)。芡(みづふぶき)。蜘蛛(くも)。胡桃(くるみ)。文章博士(もんじやうはかせ)。得業(とくごふ)の生(しやう)。皇太后宮権の大夫(だいふ)。楊桃(やまもも)。

 虎杖(いたどり)は、まいて虎の杖と書きたるとか。杖なくともありぬべき顔つきを。

 

 

名おそろしきもの

 名前が怖いもの。青淵(あおふち)。谷の洞(ほら)。鰭板(はたいた)。鉄(くろがね)。土塊(つちくれ)。雷(いかずち)は、名前だけじゃなく、めちゃくちゃ恐ろしいわ。暴風(はやち)。不祥雲(ふしょうぐも)。矛星(ほこぼし)。肱笠雨(ひじかさあめ)。荒野(あらの)等々。

 強盗は、すべてにおいて恐ろしいわ。濫僧(?)は、だいたい恐ろしいの。かなもち(?)も、また全体的に恐ろしいわね。生き霊(いきすだま)。蛇いちご(くちなわいちご)。鬼蕨(おにわらび)。鬼ところ。荊(むばら)。枳殻(からたち)。熬炭(いりすみ)。牛鬼。碇(いかり)は名前よりも実際に見ると恐ろしいのよ。


----------訳者の戯言---------

鰭板(はたいた)っていうのは、庇の両側や縁側の先端などに用いる板、あるいは、壁、塀などのの羽目板、となっています。端板とも書くようですね。この「鰭」、「はた」と読んでますが、今、普通に読むと「ひれ」です。魚のひれ。背鰭、胸鰭、腹鰭etc.いろいろあります。なぜ「鰭板」が恐ろしいのかわかりませんが。魚っぽいから気持ち悪いとでも、彼女はそう思ったんでしょうか。

土塊(つちくれ)は、土へんに鬼というのが怖いんでしょうか。

不祥雲(ふしょうぐも)というのは、悪いことが起こるの前兆の雲だそうです。

矛星(ほこぼし/戈星/桙星)というのは、北斗七星の第七星である破軍星のことという説があるそうですね。この星は北斗七星の先端にあたる星で、陰陽道ではその星の指し示す方角を万事に不吉としたらしい。そのあたりがコワさの理由でしょうか。

肱笠雨(ひじかさあめ/肘笠雨)というのは、にわか雨のことなんですね。急な雨で頭の上に肘をかざして笠の代わりにしなければいけないから、という言葉です。肘雨、肘笠などとも言うようです。私はなかなかいい感じの情趣のある和語だと思ったんですが、怖い感じありますかね。急な雨が怖いんでしょうか。
同じく、にわか雨のことを表す似た言葉に「袖笠雨」というのがあるそうです。これもまた風情のある言葉だと私は思いましたが。

「らんそう」というのは諸説あるようですが、「濫僧」であるとする説が強いようですね。濫は濫用の濫ですね。訓読みでは「濫り(みだり)」と書きますが、文字通りです。「特に権利、権限の行使について用いられ、ある権限を与えられた者が、その権限を本来の目的とは異なることに用いることをさすことが多い」という語ですから、お坊さん風だけど、あるいはお坊さんなんだけど、実態はそうじゃない人物、ってことですか。だとすると、まあ、怖い存在です。

「かなもち」も、結局よくわかりませんでした。金持ちのこと?と思って調べたんですが、かねもち、かなもち、的な言葉は当時なかったようです。鎌倉時代徒然草でもまだ「富める」「財多し」とか、大金持ちでも「大福長者」といった表現しかされてませんでした。ま、全部調べたわけでもないんですが。
ただ、金持ちが怖いというのはあるかもしれません。財産相続争いとか。

生き霊(すだま)です。源氏物語にも六条御息所の生き霊が出てきます。この方は嫉妬で人を殺しますからね、めちゃ怖いです。生き霊が恐ろしいと言うのはたしかによく聞きますね。TVとかでも霊感の強い人なんかは、死霊よりも怖いって言ってましたもんね。

鬼ところというのは、ヤマイモ科ヤマノイモ属の蔓性多年草とのことです。
「野老(ところ)」として、「恐ろしげなるもの」の段で出てきました。そこでは、焼けた「野老(ところ)」が恐ろしげだと表現されていましたが、こっちは「鬼」という言葉が付いているので、名前が恐ろしいんだと。野老、さんざんな言われようです。

鬼蕨(わらび)は、「伸びすぎて食べられなくなったワラビや、ワラビに似て食べられないヤブソテツやオオカグマなどのシダ類の総称」と「精選版 日本国語大辞典」にあったのですが、通称「鬼蕨」で、実際には「鬼日陰蕨」(イワデンダ科ヘラシダ属)というものもあるようです。こちらは独特の風味もあって美味しいらしい。

蕨というのは、スプラウトとしても美味ですし、蕨餅もおいしいですね。日本のスプラウトといえば、「もやし」「カイワレ」でしょうけど、昔々はこれが代表格でしょう。
ただ、平安時代に著された「和名類聚鈔」には黄菜(おうさい/さわやけ)=カイワレ大根も出ているらしいです。「さわやけ」とも呼ばれたそうです。なんかわかるーって感じの語感ですね。話がそれましたが。
話を戻せば、鬼蕨もただ、「鬼」が付いてるから、コワイんでしょうね。

荊(むばら)というのは、とげのある低木植物の総称だそうです。特に野性の薔薇(ばら)を言うことが多いようですね。トゲのある木ですから、そもそも恐ろしいです。人参木(にんじんぼく)のことを荊と言ったという説もあります。こちらはクマツヅラ科の落葉低木。昔、これで罪人を叩く杖やムチを作ったらしいですから、そのへんから怖い感じがあるのかもしれません。

枳殻(からたち)というのは、あの「からたち」です。柑橘の一つですね。枸橘とも書くようです。「からたち」というのは唐(から)から渡来した「橘」ということなのでしょう。トゲトゲがあったので怖いイメージがあったのでしょうか。橘(たちばな)自体は日本の固有種らしいですね。

橘といえば、右近橘、左近桜です。紫宸殿の両側にある例の木ですね。先日、私がdisった雛飾りでも、雛段の両側に花を飾ります。
間違えやすいのは、右近橘とはいうものの、向かって右に橘を飾ってはいけないということです。左大臣、右大臣の人形もそうなんですが、あくまでも帝から向かって右に橘、もちろん右に右大臣、となります。ちなみに左大臣と右大臣のどちらが上位の職位なんでしょうか。答えは左大臣。帝から見て左ということは東。太陽の上る東が上位、という考え方だそうですね。

またまた話が逸れまくりですが、からたち、ってなんか、歌とかで聞いたことあるなーと思って調べたら、ありました。「からたちの花」。作詞・北原白秋の童謡でしたね。あと、島倉千代子という歌手が「からたち日記」という歌を歌いました。この2つの記憶があったんですね。
「からたちの花」には「からたちのとげはいたいよ。靑い靑い針のとげだよ。」という一節があります。ちょっとコワイけど、全体的にはほのぼのとしています。そりゃ、童謡ですから。
「からたち日記」のほうは、歌詞を見てみると、初恋が実らない、ちょっと切ない感じでした。恐ろしい、などというイメージは微塵もありません。

熬炭(炒炭/いりすみ)です。炭ですから、暖を取るために使ったのでしょう。怖いのは熱すぎるから、灼熱な感じでしょうか、語感でしょうか、熬という文字からの連想でしょうか。

牛鬼(うしおに/ぎゅうき)は文字通り、牛の形をした妖怪だそうです。ウィキペディアには「西日本に伝わる妖怪。主に海岸に現れ、浜辺を歩く人間を襲うとされている。」とありました。たしかに、恐ろしいですけど、これ、ダイレクト過ぎませんか。

碇(いかり)は、錨です。エヴァゲリファンの方にとっては、碇といえばシンジです。もしくはゲンドウですね。また逸れました。錨、つまり船のアンカーですが、木と石を組み合わせたようなものだったらしいですね、まだこの頃は。詳しくはわかりませんが、その見た目が怖かったんでしょう。

というわけで、この段は調べものが多くて、なかなか読み進められませんでした。
名前が恐ろしいものと言いながら、途中でも、最後のほうとかも、実際に恐ろしいものがちょいちょい出てきてます。いいのか。


【原文】

名おそろしきもの

 名おそろしきもの 青淵(あをふち)。谷(たに)の洞(ほら)。鰭板(はたいた)。鉄(くろがね)。土塊(つちくれ)。雷(いかづち)は名のみにもあらず、いみじう恐ろし。暴風(はやち)。不祥雲(ふさうぐも)。戈星(ほこぼし)。肘笠雨(ひぢかさあめ)。荒野(あらの)ら。

 強盗(がうだう)、またよろづに恐ろし。らんそう、おほかた恐ろし。かなもち、またよろづに恐ろし。生霊(いきすだま)。くちなはいちご。鬼わらび。鬼ところ。荊(むばら)。枳殻(からたち)。いり炭。牛鬼。碇(いかり)、名よりも見るは恐ろし。

 

こころきらきら枕草子 ~笑って恋して清少納言

こころきらきら枕草子 ~笑って恋して清少納言

  • 作者:木村 耕一
  • 発売日: 2018/07/31
  • メディア: 単行本
 

 

人ばへするもの

 人前で調子に乗ってはしゃぐもの。特に何にもない人の子どもなんだけど、それでも親が甘やかし過ぎてるの。咳。身分が高すぎてこっちが恥ずかしくなるくらいの人にお話ししようとする時に、言葉より先に出るのよね。

 あちこちに住む人の子どもで4歳か5歳になる子が、いたずら心から、物をめちゃくちゃ散らかしたり壊したりするのを、引き止められて、やりたいようにはできなくってね、親が来たら調子に乗って、「あれ見せて。ちょっと、お母さん」なんて、揺り動かすんだけど、大人たちはおしゃべりしててすぐには聞いてくれないもんだから、自分で引っ張り出してきて見て騒ぐの、めちゃ憎ったらしいわ。それを「ダメ!!」って取り上げたりもしないで、「そんなことしちゃだめよ、壊しちゃいけませんよ」っていう程度に、笑いながら言ってるの、親も憎ったらしいわね。私の立場からすると、厳しいことも言えないで見てるだけだから、気が気じゃないの。


----------訳者の戯言---------

「人ばへする」というのは、どうやら、人前で調子に乗ることを言うようです。所謂チャラい系。関西で言うイチビリ系の方、あるいはイキってる感じ。わかりますかねー、前に前に出てくる感じとでも言いますか。

「あやにくだちて」。何だそれ。わかりません。調べたら、「あやにくだつ」の連用形でした。漢字で「生憎だつ」って書くんですね。知りませんでした。「困らせたがる。いたずら心が起こる」という意味なんですね。

さて今回は。
咳。これは仕方ないですね。異質のものを挟んできました。これは清少納言のいつものテクニックです。

メインディッシュは、やんちゃ盛りのガキが傍若無人な態度でやらかしまくってるの、さらにそれを叱らない母親です。それを見てムカつく清少納言。電車やらでエレベーターやらでイライラした経験のある方も多いと思います。あれですね。
しかも。
「ほら、そんなことしてたらおっちゃんに怒られるよ~」「〇〇ちゃん、あのお姉さんが見てはるよ~」って、他人をダシにしてね。何やと思ってるのでしょうか。お前がちゃんと叱れ!! などと思うわけで。すみません、言葉が荒かったですね。


【原文】

 人ばへするもの ことなることなき人の子の、さすがにかなしうしならはしたる。しはぶき。はづかしき人にもの言はむとするに、先に立つ。

 あなたこなたに住む人の子の四つ五つなるは、あやにくだちて、もの取り散らしそこなふを、ひきはられ制せられて、心のままにもえあらぬが、親の来たるに所得て、「あれ見せよ。やや、はは」など引きゆるがすに、大人どものいふとて、ふとも聞き入れねば、手づから引きさがし出でて見騒ぐこそ、いとにくけれ。それを、「まな」ともとり隠さで、「さなせそ」「そこなふな」などばかり、うち笑みていふこそ、親もにくけれ。我はた、えはしたなうも言はで見るこそ心もとなけれ。

 

 

うつくしきもの

 かわいいもの。
 瓜に描いた幼児の顔。雀の子が鼠鳴きをして踊りながらやってくるの。2歳か3歳の幼児が急いで這ってくる途中で、すごく小さい塵があるのを目ざとく見つけて、とってもかわいい指で取って、大人たちに見せるのも、すごくかわいらしいわ。ヘアスタイルを尼削ぎにした幼ない子どもが目に髪がかかってるのをかき上げもしないで、首をかしげて物を見てるのもかわいいのよね。

 大きくはない殿上童が装束を立派に着せられて歩くのもかわいい。愛らしい幼な子が、ちょっと抱いて遊んでかわいがってたりしたら、すがりついて寝ちゃったのも、すごくかわいらしいの。

 人形遊びの道具。蓮の浮葉のとても小さいのを、池から取り上げたもの。葵のすごく小さいの。どれもこれも、小さいものはみんなかわいいわね。

 とっても色白で太った2歳ぐらいのお子ちゃまなんだけど、二藍の薄物なんかの丈の長い着物を着て襷(たすき)を結んでる子が這い出てきたのも、また、短い着物で、袖ばっかり目立つのを着て歩くのも、みんなかわいいの。8、9、10歳くらいの男の子が、子どもっぽい声で本を読んでいるのは、すごくかわいらしいわね。

 ニワトリのヒナが、足が長くて、白くてかわいくって、丈の短い着物を着てるみたいな恰好をして、ピヨピヨってうるさく鳴きながら、人の前後にきて歩くのもかわいいの。また、親のニワトリが一緒に連れ立って走ってるのも、みんなかわいいわね。水鳥の卵。ガラス製の壺もね。


----------訳者の戯言---------

「うつくし」という言葉は難しいですね。元々は、可憐な感じに使ったようですが、「愛しい」という意味、「かわいい、愛らしい」という意味、「見事、りっぱだ」という意味、連用形で「きれいさっぱりと、スマートに、スムーズに」という使い方もあるようです。もちろん、現代でも使われるのと同様に「美しい、きれいだ」と訳せる場合もあるようです。
人や動物に対してはもちろんですが、それ以外、「モノ」にも使われるようですね。

「をかし」とか「あはれ」とか「めでたし」とかもそうですが、使われ方で微妙なニュアンスの違いがあるんですね。
ここでは、「かわいい」「かわいらしい」という表現になるでしょうか。

この「うつくし」とは別に「らうたし/ろうたし」という言葉があります。これもカワイイといニュアンスの言葉ですが、こちらは原則、人にしか使わないそうです。(猫とか、犬とか、動物には使うかもしれませんが)「モノ」には使わないんだそうです。ややっこしい。

鼠鳴き(ねずなき)というのは、文字どおり、ネズミみたいに鳴くってこと。しかし、雀がネズミみたいに鳴くかなぁ。むしろ雀鳴きだろう、なんていうのは、そりゃ言いがかりだとは思うけど、やっぱり腑には落ちません。

あまそぎ。「尼削ぎ」と書くそうで、少女の髪型の一つらしいです。尼さんのように、垂れ髪を肩のあたりで切りそろえた型だそうです。

殿上童(てんじょうわらわ)というのは、平安時代、10歳くらいから清涼殿の殿上の間に出入りを許された身分の高い朝臣の家の子弟のことを言うそうです。

雛。原文には「雛(ひな)の調度」とありますが、「雛」は小さいもののことを言うようです。後で出てきますが、ニワトリのヒナとかね。あとは、主に人形のことを言います。三月の節句、桃の節句で飾る、所謂ひな祭りの雛人形のことだけを言うわけではなかったんですね。理屈を言うと「雛人形」っていうのは「人形人形」という意味ですから、厳密に言うと変な日本語なわけで。ただ、今はそれで通じますし、言葉として定着しているものですから、これも言いがかりですよね。

「過ぎにし方恋しきもの」という段では、このように書かれていました。
「枯れたる葵。ひひなあそびの調度。二藍、葡萄染めなどのさいでの、おしへされて草子の中などにありける、見つけたる。」
つまり、人形遊びの道具はかわいいだけではなく、過ぎ去った昔を恋しくさせるアイテムでもあるのでした。

二藍(ふたあい)は、枕草子にはすでに何回も出てきたのでおなじみですが、藍の上に紅を重ねた色、つまり紫系の色です。

薄物っていうのは、文字通り薄い絹織物です。また、それで作った夏の衣服のこともこう言うみたいですね。

襷(たすき)というのは、「たすきがけ」の「たすき」なんですが、そもそも袖をたぐり上げて留めておく紐のことなんだそうです。元々古代には、神を祭るとき、袖が供物にかからないように束ねるために肩にかけた紐のことをこう言ったらしいですね。

また出ました「かしがましう」ですね。「かしがまし」ですが、やかましい、うるさい、という意味だそうです。前にも何回か出てきました。漢字では「囂し」と書くんですが、その時も、こんな漢字、一生書くことはないでしょう、と私、書きました。依然としてやっぱり書かないだろうなーと思います。成長がなくてすみません。

瑠璃(るり)ですね。ま、普通に瑠璃色というと、濃い、深味のあるブルーという感じ。瑠璃といえば、ラピスラズリの日本名でもあります。ラピスラズリ、分類からすると半貴石になるかと思います。宝石ではありません。きれいな色ですが。


さて、今回は清少納言に文句があるわけではありません。
内容にあまり関係はないんですが、雛飾りの人形についてちょっと書いておきたいことがあります私。おー、こわ。

ひなまつりの歌では、男雛のことはお内裏様と言ってます。女雛のことはお雛様ですね。一般にはそういうことになってます。
内裏(だいり)っていうのは、平安宮の中にある帝のプライベートスペースのこと、というのが定説です。転じて、皇室のことや帝自身のことを内裏、内裏様と言うようになったのもわかります。お雛様(女雛)は、「雛人形」なので、いつのまにか女雛のことはそう呼ぶようになったんでしょうね。
もちろんそれは言葉の変遷の問題なので、全然問題は無いんです。

で。
雛人形のメインを張ってるのは、つまり、帝と皇后ということです。国中みんなが認め、憧れる、ロイヤルカップル、ベストカップルであり、理想のカップルなのです。だからこそ、現代まで受け継がれてきたわけですね。雛飾りをするようになったのは江戸時代らしいですから、その後延々とです。

しかし。本当にそうなの?
帝ってさー、いっぱい側室とか、妾とかいたわけでしょ、公的に。それ以外にも、花山天皇みたいにレイプする人、そうでなくても、いろいろその、なんというか、お手付きになった女子たちたくさんいるわけで。それ、理想のカップルか?と思ったりする私。ほー、帝だったら、他に女何人いてもいいんだ、表向きさえ理想を演じとけばいいんだー、おかしくね?というのが、私の意見。

つまり雛人形って、なんか表向きのキレイキレイな部分ばかりを見せられてる感じがするんですよね。

いいんですよ、側室いても。側室がいたから、いままで皇室は存続したんだろうし。昨今のように女帝の是非であるとか、皇位継承問題とか、悩まなくて済んだのも側室というシステムが支えた部分はあったと思いますよ。

でも、あそこまで、美化しなくてもいんじゃね、と。
今回は「七夕」の時にした例のバカップル批判に続いてひどいこと書きましたでしょうか。でも、アクセス数からして、この程度で炎上はしないので結構安心はしている私なのです。合掌


【原文】

 うつくしきもの 瓜にかきたるちごの顔。雀の子の、ねず鳴きするにをどり来る。二つ三つばかりなるちごの、急ぎてはひ来る道に、いと小さき塵のありけるを目ざとに見つけて、いとをかしげなるおよびにとらへて、大人などに見せたる、いとうつくし。頭はあまそぎなるちごの、目に髪のおほへるをかきはやらで、うちかたぶきて物など見たるも、うつくし。

 大きにはあらぬ殿上童の、さうぞきたてられてありくもうつくし。をかしげなるちごの、あからさまにいだきて遊ばしうつくしむほどに、かいつきて寝たる、いとらうたし。

 雛の調度。蓮(はちす)の浮葉のいと小さきを、池より取りあげたる。葵のいと小さき。何も何も、小さきものはみなうつくし。

 いみじう白く肥えたるちごの二つばかりなるが、二藍のうすものなど、衣長(きぬなが)にて襷(たすき)結ひたるがはひ出でたるも、また、短かきが袖がちなる着てありくも、みなうつくし。八つ、九つ、十ばかりなどの男児(をのこご)の、声はをさなげにてふみ読みたる、いとうつくし。

 にはとりのひなの、足高に、白うをかしげに衣短かなるさまして、ひよひよとかしがましう鳴きて、人のしりさきに立ちてありくもをかし。また親の、ともにつれてたちて走るも、みなうつくし。かりのこ。瑠璃の壺。

胸つぶるるもの

 胸がドキドキするもの。
 競馬(くらべうま)の観戦。元結(もとゆい)を撚(よ)るの。親なんかが気分が悪い、って、いつもと違う様子の時。ましてや、流行り病で世間が騒いでるって話が聞こえてくる時なんかは、他には何も考えられなくなるの。それから、まだお話ができない赤ちゃんが泣き続けてて、乳も飲まず、乳母が抱いてもずっと泣き止まない時もね。

 いつものトコじゃない所で、まだ関係がはっきりと表立ってはいない彼氏の声を聴いた時にドキッとしちゃうのは当然だけど、他の人がその人の噂話をしてても、まずドキドキしちゃうの。それと、すごく憎ったらしい人が来た時にも、またドキッとするのよ。不思議とドキドキしがちなのが、胸っていうものなんだわ。

 昨晩初めて通って来た彼からの、今朝送ってくるはずの手紙が遅いっていうのは、他人のことでもドキドキするものよね。


----------訳者の戯言---------

競馬(くらべむま/くらべうま)。ですが、今のとは違って、多くの場合、二頭の馬を直線で走らせるもので、初めは朝廷で五月五日の節会に行われたそうです。五月五日、六日に催された「賀茂の競馬」が有名だそうです。私は知りませんでしたが。
もちろん、馬券とか、配当とかはありません。なのに、ドキドキするんだそうです。
もちろん勝った馬とか乗り手とかにご褒美くらいはあったでしょうけれどね。

元結(もとゆい)というのは、髪の根を結い束ねるのに用いる紐のことだそうです。これは紙を撚(よ)って作るそうです。紙ですからね、力加減で切れたりとか、失敗とかもしやすいのかもしれません。繊細な作業なのでしょうか。

清少納言の父・清原元輔は908年の生まれで990年に亡くなっています。清少納言は966年の生まれですから、父58歳くらいの時に生まれた娘です。24歳ぐらいの時に82歳くらいでお父さんは亡くなってますから、若い頃のことを思い出してるのでしょうか。かなり高齢の親御さんですから、心配もしたことでしょう。ただ、母親のことはよくわかっていませんから、もしかするとお母さんのことなのかもしれません。

ちょうど今、新型コロナウィルスで高齢者の方が感染し、発症すると致死率が高いなどと報道されていますから、高齢の親御さんをお持ちの方はやはりかなり気になるかと思います。まして、当時は高度な医療技術がなかったし、正確な情報伝達システムもなかったわけですから、疫病で亡くなる人はかなり多かったらしいですね。

で、最後はやはり恋愛、人間関係のドキドキ、ということになります。
自分の好きな彼氏の声を不意に聴いた時、彼氏のことが話題になってるのを聞いた時、っていうのはまあわかります。ヤな人はドキドキするよりも、うんざりですね。ここはちょっとセンスが違います。

最後のは、今なら、LINEが既読になってるのに返事が来ない、いつ来るのかなー?って待ってる時のドキドキする感じですか。これはまあ、わからなくもないです。ただ、平安時代の貴族は、いちいち歌を詠まないといけませんからね、そういう意味ではかなりたいへんだったと思いますね。


【原文】

 胸つぶるるもの 競馬(くらべむま)見る。元結よる。親などの心地あしとて、例ならぬけしきなる。まして、世の中などさわがしと聞こゆる頃は、よろづの事おぼえず。また、もの言はぬちごの泣き入りて、乳(ち)も飲まず、乳母のいだくにもやまで久しき。

 例の所ならぬ所にて、ことにまたいちじるからぬ人の声聞きつけたるはことわり、こと人などのそのうへなどいふにも、まづこそつぶるれ。いみじうにくき人の来たるにも、またつぶる。あやしくつぶれがちなるものは、胸こそあれ。

 よべ来はじめたる人の、今朝(けさ)の文のおそきは、人のためにさへつぶる。

 

桃尻語訳 枕草子〈上〉 (河出文庫)

桃尻語訳 枕草子〈上〉 (河出文庫)

 

 

いやしげなるもの

 下品っぽいもの。式部の丞の笏(しゃく)。黒い髪の毛筋が悪いの。布屏風の新しいの。古くなって黒く汚れたのは、そんなに語る意味さえないものだから、ぜんぜん何にも気にならないんだけどね。新しく仕立てて、桜の花がいっぱい咲いてる風景を、胡粉(こふん)や朱砂(すさ)なんかで色鮮やかな絵とかにしてるの。遣戸厨子。お坊さんなんだけど太ってるの。本物の出雲筵(いずもむしろ)で作った畳。


----------訳者の戯言---------

笏(さく/しゃく)というのは、束帯のとき威儀を正すために持ってた長さ1尺2寸 (約 40cm) の板状のものだそうです。ドラマとかでもちょいちょい見かけるし、昔の絵とかでも見たことのあるあれですね。ま、本来は上品であるべきものなわけですね。

で、平安時代には公事や儀式の細かい作法が定められていたわけで、でもそれを全部覚えるのはたいへんで、笏紙というカンペを貼っていたようなんですね、笏に。特に式部省の役人は貼ってました。式次第を管理する役所ですからね。ただ、上級の役人なら何本も笏を持ってたからいいんですが、中下級の役人は笏を何本も用意できる経済的余裕はなかったらしいです。

ここに出てきたのは式部の丞ですから、中ぐらいのクラス(五位~六位)でしょうか。笏にそのメモみたいなのをベタベタ貼っていたので、結構笏が汚れてたらしいです。なので、下品だと。哀しいですね。

筋(すじ)。髪の毛を梳かした時の筋目なんでしょう。毛流れですね。さらさらーっとしてる長い黒髪のスムーズな毛流れは「筋がいい」、そうじゃないものは「筋が悪い」ということなんでしょうね。

布屏風とは、布を張って絵などを描いた屏風のことだそうです。これも下品なのか。

胡粉(ごふん)というのは、白色顔料のひとつ。中国の西方を意味する胡(こ)から伝えられたことから、胡粉と呼ばれるのだそうです。
朱砂(すさ)は、辰砂(しんしゃ)ともいうもので、硫化水銀(HgS)からなる鉱物だそうです。こちらは中国の辰州(現在の湖南省近辺)で多く産出したことから、「辰砂」と呼ばれるようになったのだとか。赤色の顔料にするほか、漢方薬にも使われるそうですね。

つまり、桜の花をいっぱい描いて、さらに白や赤の鮮やかな顔料を使って、派手派手しく描いてるのが下品、ってことなんでしょう。

遣戸厨子(やりどずし)。厨子(ずし)は、仏像・仏舎利・教典・位牌などを中に安置する仏具の一種だそうですが、観音開きではなく、引き戸になってるのが下品なんでしょうか。

出雲筵(いずもむしろ)というのは、出雲の国でつくられた筵だそうです。目が粗いから下品なんでしょうね。ほんまもんの出雲筵は目が粗いらしいです。笑
とすると、ニセモノの出雲筵は目が細かいんでしょうか??

畳というのは、この前の段でも出てきましたが、当時は筵に縁をつけたものを「畳」と言ったらしい。当時の部屋は板張りで、必要に応じてそれを敷いて用いたんだそうです。今みたいに板状にはなってなかったんですね。

というわけで、今回は、下品なものあるあるです。
なんとなくわかるような気はします。


【原文】

 いやしげなるもの 式部の丞(ぜう)の笏。黒き髪の筋わろき。布屏風のあたらしき。古り黒みたるは、さるいふかひなき物にて、なかなか何とも見えず。あたらしうしたてて、桜の花おほく咲かせて、胡粉(こふん)、朱砂(すさ)など色どりたる絵どもかきたる。遣戸厨子(づし)。法師のふとりたる。まことの出雲筵(むしろ)の畳。

 

NHK「100分de名著」ブックス 清少納言 枕草子

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